相続放棄-メモ-

相続放棄について調べたノートを公開することにしました。相続放棄についての解説は多々ありますが、このノートは根拠法令・条文を示しているところに特徴があります(セミプロを想定して記載しています。)。

相続はもちろんのこと相続放棄も、税法(相続税法)上の制度ではなく、民法(講学上は相続法と称されている)の制度です。相続税法には相続放棄に係る規定はなく、相続税法基本通達等に相続放棄があった場合の取扱等が示されているに過ぎません。相続放棄に関する直接の規定は、民報938条(相続の放棄の方式)、939条(相続の放棄の効力)、940条(相続の放棄をした者による管理)の3条です。

【相続放棄の意義】

相続人が、自己の相続に関して初めから相続人とならなかったとみなされることを欲する意思思表示である。これは、申述という形式で行われなければならず、この申述が家庭裁判所で受理されて初めて有効に成立する。

そもそも相続とは、相続人が相続開始時に被相続人が有する財産上の一切の権利・義務を承継する制度である(民法896条)。配偶者は常に相続人となるほか、第一に相続人となるのは被相続人の直系卑属であり(同887条)、直系卑属がいない場合には直系尊属が、直系尊属もいない場合には兄弟姉妹が、相続人となる(同889条)とその順位が法定されている。ちなみに法定された相続人がいない場合、遺言によりその他の相続人が指定されていない場合には、相続財産は国庫に帰属する(この手続きについてはここでは言及しない。)。したがって、法定されている相続人は被相続人が死亡したときに、被相続人に属した一切の財産上の権利義務を承継するのであるが、これを承継するか否かの自由を相続人に認めている。これが相続放棄の手続きであり、放棄をした場合には、相続財産(義務を含む)を承継しないという制度である。
これにより、財産を集中させたり、責任を放棄したりすることができる。もっとも財産集中は、遺産分割協議で分割割合をゼロとする方法でも達成できることから、相続放棄は責任放棄の制度として機能している。
【放棄の効果】

放棄をした者はその相続に関しては、はじめから相続人とならなかったものとみなされる(民法939条)。

相続放棄は、放棄をした相続人に何らの権利・義務も帰属しないとするだけでなく、「はじめから相続人とならない」とするものである。結果、相続財産は放棄者の相続分がなかったものとして、他の共同相続人間で各相続分に応じて分配される。実務上、留意すべき具体的な効果は次のようである。

(1)相続順位

相続財産(財産上の権利・義務)は同順位の他の相続人が相続することになる。同順位の相続人が全員、相続を放棄した場合は、相続権が次の順位の相続人に移り、次の順位者が相続することになる。したがって、借金が多い等の理由で相続放棄する場合、第三順位である被相続人の兄弟姉妹に至るまで、法定されている相続人全員が相続放棄をしないと、相続放棄をしなかった者が借金を負担する事態となる。思いもよらなかった被相続人の兄弟姉妹に負担がかからないようにするためには、法定相続人となりうる者全員が相続放棄の手続きを取る必要がある。
(2)生命保険

相続放棄は、法定相続人等が相続人とならないだけで、契約上の権利・義務には関係はない。たとえば被相続人を保険者とする生命保険契約において、相続人が受取人となっている場合、被相続人が死亡したときに保険金を受け取るのは、生命保険契約による効力である(保険法42条)。相続によって生じるものではないことから、相続放棄をしても生命保険金は受け取れることとなる。これに対し、受取人を被相続人としていた場合には、相続財産となることから、相続放棄をしたときには生命保険金を受け取ることはできない。
(3)みなし相続財産

生命保険金(受取人を被相続人とした場合を除く)は相続財産ではないが、税務上は、課税逃れを防ぐためにみなし相続財産として、相続税の課税対象としている(相続税法3条)。生命保険金が基礎控除額を超える場合には、相続税が課税される。

相続放棄したときは、生命保険金を相続人として受け取るわけではないので、相続人以外の者が取得した死亡保険金となり、生命保険金の非課税枠(500万円×相続人の数)の適用は受けられない(相続税法12条1項第5号)。基礎控除(5,000万円+1,000万円×法定相続人の数)は受けられる(相続税法15条)ので、相当多額の生命保険金でなければ、相続税は発生しない。
(4)準確定申告

所得税法上、また消費税法上、相続人は準確定申告の義務を負う(所得税法125条第2項、消費税法45条第2項)。相続放棄者は,相続人ではなくなるため、この義務はない。もし、税務署から申告の請求がきたときには、「相続放棄受理通知書」のコピーを提出するなりして、相続放棄したことを伝えればよい。
(5)代襲相続

相続放棄は代襲原因とはならない。法は代襲原因を相続開始以前の死亡、欠格、廃除の三者に限っている(民法887条)。

【放棄の方法】

(1)手続き

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない(民法938条)。

同順位の相続人は同時に相続放棄の申述を行えるが、次順位の者は未だ相続人となっていないことから、前順位の全員が相続放棄の受理を得るまでは、申述はできない。法定相続人が全員相続放棄をするためには、同一順位者が順次、申述の手続きを行うこととなる。

申述は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に、相続放棄の申述書に必要書類を添付して行う。必要書類の詳細は、次の裁判所HPに掲載されている。

  http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html

 なお、相続放棄の申述書が受理されるまで、相続人は相続財産を自己の財産と同一の注意をもって財産管理を継続しなければならない(民法940条)。

ちなみに、相続放棄を裁判所が受理したからといって、相続放棄が有効に確定しているとは限らない。受理後、利害関係者が申述受理無効の訴えを起こしているケースは多々あり、無効判決が下される場合もある。家庭裁判所の”受理”は、”承認”ではなく、受理によって相続放棄が実体法上確定されるわけではない。
(2)みなし承認(法定単純承認)

相続人が相続財産を処分する等を行った場合には、相続を承認したものとみなされ、相続放棄はできない(民法921条)。単純承認したとみなされる場合は次の通りである。

一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。 ただし、保存行為及び第602条 に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

二  相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。

三  相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

法定単純承認となる事例には、次のようなものがある。

・売掛金債権等の相続債権の取り立て(最高裁第一小法廷・昭和37年6月21日判決・昭和36(オ)1029・ 集民第61号305頁)。

・株式の議決権行使(東京地裁・平成10年4月24日判決

一人会社で取締役=株主が死亡すると取締役を選任することとなる。このとき、取締役を裁判所に選任してもらわず、株主となる相続人全員の合意により株主総会を開き選任すると、株式の議決権行使となり、相続放棄はできなくなる。ちなみに、合同会社の場合は出資者=社員であることから、このような問題はない。概略すれば、相続人が持分を相続するか否かは相続人による持分承継の定めが定款にあるか否かによって、次のように扱われる。まず、定款に定めがない場合は、相続人に出資分が払い戻され(会社法607条、611条)、会社は解散する(同641条)。清算会社の清算人は裁判所が選任する(同647条第2項)。定款に定めがある場合は、死亡した社員の持分が相続人全員に引き継がれ、相続人全員が社員となる(同608条)。

・賃料振込先の自己名義への変更(東京地裁・平成10年4月24日判決)

一方、判例等において保存行為と短期賃貸借の他、次のような場合は、単純承認とはならないとしている。

a遺体自体や身の回りの品・僅少な金銭の受領

b遺産から葬儀費用や治療費を支払うこと

c交換価値のない物の形見分け(衣類すべての持ち帰りは形見分けを超え、単純承認となる)

さらに、単純承認とみなされる相続財産の処分というためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらもあえてその処分をしたことを要するものとされている(最高裁第一小法廷・昭和42年4月27日判決・

昭和40(オ)1348・民集第21巻3号741頁)。

(3)遺族年金の受給

遺族年金の受給は、国民年金法等に基づき支払われるものであって受給者固有の権利である。相続放棄とは関係のない制度によるものであるから、遺族年金を受給しても相続放棄の手続きは行える。
(4)撤回・取消し

相続の承認及び放棄は、一度行うと撤回することはできない(民法919条)。法定の取消原因がある場合にのみ、承認・放棄は取り消すことができる。この取消権は追認できる時から6ヶ月間行使しないとき、または承認・放棄の時から10年を経過したとき、時効によって消滅する。

 

【放棄をすべき期間】

相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内にしなければならない(民法915条、この期間は”熟慮期間”と称されている。)。この期間は相続人等が家庭裁判所に請求することによって、伸長することができる(同法同条)。

なお、相続財産(借金等のマイナス財産を含む)が全く無いと相続人が信じるに相当な理由がある場合には、相続財産の全部又は一部の存在を認識したときから、熟慮期間が起算するとした判例(最高裁第二小法廷・昭和59年4月27日判決・昭和57(オ)82・民集第38巻6号698頁)がある。

期間の計算は、初日不算入(民法140条)、応当日の前日終了(民法143条)の両規定にもとづき行うこととなることから、相続開始を知った日の3ヶ月後の応当日が期限となる。なお、最後の月に応当日がない場合は、最終月の末日となる。例えば11月30日に相続開始を知った場合、家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出する期限は2月28日(閏年のときは29日)となる。

 

Tetsu

2014.5.8最終更新