大和銀行ニューヨーク支店 デリバティブの損失隠し

 不正実行者は、証券の預かり業務の一切(証券の保管業務、取引決済、伝票起票、払込・送金決済等)を任されており、会社に無断で金融派生商品(デリバティブ)の取引を行った結果、多額の含み損失を抱えることになりました。

 当時の新聞記事によると、投機目的でこうした取引を行っていたわけではないようですが、取引の経緯が適時に上層部に連絡されず、知らず知らずのうちに損失額が多額となっていたようです。
 デリバティブ取引には、リスクが高い取引もあり、また複雑な仕組みを利用する場合も多いですから、契約締結の際には慎重に判断する必要があることはいうまでもありません。その上で、契約後の経緯についても継続的に注意して、デリバティブ取引による含み損益はどれくらいあるのか、期限前に決済すべきではないのか等、会社が負っているリスクを十分に把握し続ける必要があります。
 なお、この損失事件が発覚された時点の会計基準では、デリバティブ取引は「オフバランス取引」とされていました。「オフバランス」とは、「バランスシートに載らない」という意味で、貸借対照表(バランスシート)等の財務諸表に計上されないことです。つまり、最終的な期日が来て決済がなされるまでは、金利スワップ契約による損失に係る会計処理がなされないわけです(現在は時価で損益を計上する必要があります)。
 本件では、金利スワップ契約のリスクを十分に理解しないまま契約をし、契約期間中の金利動向が会社にとって不利に推移していったため、多額の含み損が生じることとなったようです。現時点で実際にどれだけの損失が出ているのか、また今後どれだけの損失が出るのか等、十分な検討もできないまま、結局、多額の損失が計上されるに至ったものとされています。

 また、本件で問題視されたのは、分掌の不備だけでなく、不正実行者は多額の損失計上が発覚しないようにするため、仮装、隠蔽を繰り返し、管理体制を故意に乱雑にして、他者による調査が入った場合に照合等が困難になるようにしていたことです。事件発覚前に、大和銀行の内部監査部門もニューヨーク支店で調査を行っていたようですが、そうした仮装、隠蔽に起因してか、発覚には至らなかったようです。

 一方で、不正実行者は発覚を望んでいました。事実、この不正は不正実行者が頭取に不正の事実を告白した手紙を同行の頭取に郵送したことで発覚します。

 「早く楽になりたい」「発覚してしまった方が楽になる」

 そうした犯罪心理も、理解できないわけではありませんが、相当、複雑な心境だったのでしょう。

 さらに注目すべきは、こうした不正を防止・発見できなかった役員の責任が法的に認められた点です。

 当初、銀行側はこの不正は実行者による単独犯であり、あくまで銀行側は被害者であるという姿勢でしたが、株主らによる代表訴訟によって頭取らの管理責任が認められ、829億円もの巨額の損害賠償を命ずる判決が出ました。その後、和解が成立したものの、この判決の会社実務に与える影響は多大です。

 「不正当事者本人のせいで、役員には責任はないのだ」

 「ニューヨークという遠隔地での不正なのだから、役員の目が届かなくてもやむを得ないのだ」

 そうした理屈は通じなくなったのです。

 社内の管理体制を構築して、不正を未然に防止したり、事後的に発見する責任が経営者にあることを示した、重要な判決だったのです。