2013年11月 テレビ朝日元社員による不正流用141百万円

 テレビ朝日は、2013年11月、「当社元社員による不正行為に関するお知らせ」を公表しました。不正実行者は「まさか」見つかるとは思わなかったことでしょう。
 本件が明らかになって、「俺もヤバい」と思っている人も少なくないかもしれません。
 「悪事千里」といいますが、現実は、発見に至らない不正も多いのです。
 本件の発覚の発端となったのは「国税局の調査」ですが、この調査がなければ本件は発覚しなかったかもしれません。いや、きっと発覚しなかったでしょう。
 こうした不正は発見が非常に困難なのです。以下、検討します。

1.事件の概要
 本件は、不正実行者(テレビ朝日元社員;懲戒解雇)が「外部の制作協力会社」に実態のない業務の代金や実態より高額の代金を請求させ、この資金を私的に流用した事件です。期間は2003年11月~2013年3月の約10年間の長期にわたり、その回数は100回ほどで、総額は141百万円でした。1回の請求に付き100万円から200万円といったところでしょうか。

2.発覚の困難性
 今回の不正で注目すべきは「番組制作費」という「漠然とした支出」が不正対象となっている点です。素人目にみても、番組の制作に際しては様々な支出が必要になることは想像できます。番組制作に当たっては、様々な人材・機材が必要でしょうし、旅費交通費、食費その他、およそ関連づけようと思えば「何でも経費」になりそうです。
 加えて注目すべきは、「テレビ朝日」と「制作協力会社」との関係です。
 当然に、制作協力会社は、立場的に「テレビ朝日」には頭が上がらないはずです。
 テレビ朝日の担当者に逆らえば、制作会社は自らの仕事を失いかねませんから「何でも言うことを聞く」状況は容易に想像できるでしょう。制作協力会社は、テレビ朝日の元社員の言われるがママに、架空請求や水増し請求を続けたことでしょう。
 さらに言えば「業界の慣習」もあるでしょう。私の偏見かもしれませんが、芸能・テレビ関係のいわゆる「業界」は、比較的ノリも軽く、安易に不正の片棒を担がせようという雰囲気があったかもしれません。「○○ちゃん、頼んだよ~」という軽いノリならば、「みんなやっていることだ」という正当化が働いてしまう虞があります。
 上記はあくまで仮の話ですが、上記のとおり「何でも経費になる」「相手は言われるがママ」「軽いノリ」であるならば、今回の不正実行者に限らず、他の真面目な社員であっても、同様の不正を行ってしまうかもしれません。

3.なぜ発覚したのか
 「国税局の調査だから」といっても過言ではないでしょう。税務調査では、「反面調査」という強力な手段を採ることがあります。「怪しい」と思った取引について、相手方の会計処理を調査しに行くのです。
 これも想像の域を超えませんが、本件で言えば、調査対象であるテレビ朝日の「仕入、経費が架空でないかどうか」という問題意識を国税局はもっていたはずです。そのため取引の相手方である外部制作会社側を調査対象として、テレビ朝日側の仕入、経費に該当する「売上、収入」があるかどうかを調べたはずです(こうした取引の相手方の処理から裏付ける調査方法を反面調査といいます。)
 テレビ朝日が支払っているはずの制作費について、番組制作会社側で売上・収入として計上されていない場合、「仕入、経費が架空である」すなわち「テレビ朝日は税金をもっと払え」という理屈が成り立ちます。
 税務調査は「正義のために、不正を発見して悪を挫くこと」を目的としていません。
 あくまで「課税の公正性」の観点から、課税所得の過少申告の有無を調査しています。
 その税務調査の副産物として、「誰かがその制作費を不正に取得している」という疑いが明らかになったわけですから、不正実行者としては「税務調査さえなければ見つからなかった」「不運にも見つかってしまった」と考えているかもしれません。

4.テレビ朝日が公表した再発防止策について
 同社は今後の再発防止策を三つ掲げています。
 「①制作費監査チームの新設」及び「②予算執行の詳細に把握する監督者の設置」は、ある程度の不正の抑止力となるでしょう。こうしたコントロールは、下記の③も含めて、明示的にも黙示的に「君たち(社員)は見張られているんだ」というメッセージになりますから、牽制効果が期待できます(しかし予算と実績との整合性を合わせるような予算消化型の水増し請求については機能しない可能性があります)。
 一方で、下記の「③コンプライアンス誓約書を新設」はどうでしょうか?
 「『制作協力会社』から、架空請求書を発行するなどして、当社社員の不適切な予算執行に協力しないよう、誓約書を提出していただきます。」
 いや、矛先を向ける順序が違いませんか?
 まずは、テレビ朝日の社員(番組制作に係る者)から「不適切な予算執行はしない」という誓約書をもらうのが「先」でしょう。その上で、制作協力会社からも誓約書を入手するのは理解できます。しかし、番組制作会社からのみ誓約書を入手するということは、もしかしたら「今回の不正の原因は、テレビ朝日の社員ではなくて、外部の番組制作会社にある」と考えているのかもしれません。また、それほどに番組制作会社の立場は弱いことの現れなのかもしれません。
 むしろ番組制作会社に対する誓約書の提出も含め、なんでも言うことを聞かせることができるのであれば、以下のようなコントロールも考えられます。例えば、番組制作会社の決算日をテレビ朝日と一致させ、制作会社から収入の一覧を含む決算書を提出させ、当該資料とテレビ朝日側の「番組制作費」と照合するコントロールです。直接的でしょうが、やりすぎでしょうか。
 
 最後に、不正を実行するかもしれない社員から、「私は不正を実行しません」と予め一筆取る方法は、非常に地味な方法と思うかもしれません。しかし、実際は非常に有効な方法なのです。「予め」サインしたことが、その人の心理的な牽制となって、不正の実効を抑止したという有力な実験結果もあるのです。
 可能であれば毎年(番組制作会社からではなく)社員から誓約書を取るのはどうでしょうか?Taku