2012年5月 加賀電子 承認のない値引き

 加賀電子株式会社の子会社、加賀ハイテックで発生した不正に関する続報です。
 2012年5月、同社の調査委員会は「最終調査報告書」を作成し、同社はこれを開示しています。
 売上値引きを利用した不正はよくあるパターンです。当期の売上を嵩上げするために架空の売上を計上し、翌期に値引き処理するパターンは単純です。また架空売上により出荷した商品を横流しして、滞留した売掛金を値引き処理する不正も見受けられます。
 そのため、値引き処理については相応の内部統制を構築することが一般的で、同社でも以下のようなプロセスを社内に整備していました。
①入金差異の担当者チェック及びその監視
②売掛金の残高確認
③売上値引きの稟議申請
 このような内部統制が整備されながら、実際には不正が発生しました。そこで、その内部統制上の問題について検討してみましょう。

①入金差異のチェックについて
 会社の承認を経ないまま営業担当者が独断で得意先に対して値引きを行えば、当然に社内で把握している売掛金と得意先からの入金額とに差異が生じます。その差異を発見するため、入金差異一覧表を作成し、その原因を究明して、相応の責任者に報告する体制を構築することが一般的です。
 同社でも、入金予定一覧表と実際入金一覧表との差異について「売掛金回収違算明細表」を作成し、その理由を調査、報告する体制が整備されていましたが、運用面で問題がありました。
 入金差異は、単に得意先の支払遅延の他、値引き処理や返品処理が未反映の場合、得意先とのトラブルに起因する場合等、様々な原因が考えられ、それらを関係者からの事情聴取や関係資料の閲覧、適切な承認過程のチェック等によって裏付けることが重要です。
 しかし、同社では「本来行うべき値引き計上の正当性の確認・・・を十分に実施しておらず」「適時適切に正確な実態把握を行っていなかった」としており、債権管理担当者は事実と異なる「売掛金回収違算明細表」を作成してしまったようです。要するに不正実行者によって、ケムに巻かれてしまった格好です。
 加えて不幸なのは、「上長及び関係者が滞留売掛金残高の存在に気づきつつも、・・・通常発生しうる程度の違算と誤認・・・的確な指示・対応進捗管理を行わなかった」としている点です。入金差異が長期間にわたり、また次第に多額になっていったと推察できるのですが、その長期間、多額の異変に上長及び関係者までもが気が付かなかったことが残念でなりません。

②売掛金の残高確認
 同社では、公認会計士監査でも一般的な監査手続として行われる売掛金の残高確認を行っていました。
 しかしながら、「返却された確認書に差異があった得意先のすべてについて売上債権残高確認差異調整表を作成し、債権管理担当課長が差異理由を確認する」としているのみで、返却されない確認書についての取扱いは定かではありません。
 一般的な監査では、返却されない確認先に対しては再度返送してもらうよう依頼し、それでも先方の協力が得られない場合には他の代替的な手続を相当に慎重に行うことが求められます。
 この点、同社は「取引明細や支払明細等・・・情報が十分活用されず、違算内容の把握・分析等債権管理担当者による検証機能が十分に機能していなかった」としています。
 せっかく得意先に対して確認状を送るという比較的厳密な手続を採用していたにもかかわらず、今回の不正が発見できなかった原因は、単に「ツメが甘かった」と言わざるを得ません。調整できるものだけを調整して、調整できないものは放置するのでは、残高確認を行った意味がありません。

③売上値引きの稟議申請
 独断での値引きを禁ずるため社内の承認手続が必要となることは当然でしょう。
 加えて同社では「合意した値引きについては決済後に会社として合意に関する文書を得意先と取り交わすことが義務づけられていた」としています。さらに実効性の高いコントロールとしては、合意に関する文書と実際の値引き処理とに不整合が生じていないか(合意した値引き以上の値引きがないかどうか)を監視するプロセスも重要です。
 しかし、実際の稟議手続は一部に留まり、稟議書と売上値引き伝票との照合も不十分なままで、事前に合意した値引きと異なる値引きがあっても見過ごされ、そもそも合意に関する文書が得意先と取り交わされていない場合もあったようです。

 これらの種々の状況からすると、「当初決められたルールがほとんど守られていなかった?」との印象を受けます。「実際に運用できない水準の厳しいルールでなかったのか?」そうでなければ、「なぜ、そのルールが形骸化していったのか?」「何らかの理由によりルールを守らなくても良いという風土、風潮が会社内に醸成されたのではないか?」
 その結果、不正実行者が「不正を行っても見つからないだろう」と考えたのではないか?
 守られないルールを放置することは、そのルール自体が守られないこと以上に、不正が発生しやすい環境を作るのです。「いい加減な組織だから、どうせ見つからないだろう」という意識を生じさせてしまうことが問題なのです。

 以上、①②③の内部統制上の問題をみてきましたが、問題の根っこは「整備しっぱなし」ということでしょうか。今回の最終調査報告書を見るにつけ、確かに不正実行者が悪者であることは当然としても、もう少し早く発見することができなかったかと、残念に思います。Taku