東芝の粉飾事件を考える ~工事進行基準と監査人の懐疑心~

東芝の粉飾事件に関連して、監査法人に対する行政処分が公表され、大きな波紋を呼んでいます。また、本事件は既に多くの公表資料で取り上げられていますが、不正事例研究会では本事件を今年最初のテーマとしました。以下、第三者委員会の報告書に基づいて、個人的に興味があるところを部分的に取り上げます。
 東芝の粉飾事例では、工事進行基準の適用や、費用の繰延、在庫の過大計上等、種々の手法が採用されておりますが、 本稿では「工事進行基準」に着目しながら、監査法人の懐疑心についても言及します。

1.工事進行基準の一般的なルール
 工事進行基準は、工事収益総額を工事の進捗状況に応じて、段階的に収益計上する収益認識方法です。工事の進捗状況は、一般に工事原価発生額と見積工事原価総額の比率により算出します。
 例えば、①見積工事原価総額を80億円、②当期の工事原価発生額を20億円とすれば、当期の工事進捗度は②20億円/①80億円=25%となります。これに③工事収益総額(例えば100億円)を乗じた額(25億円)が、当期の収益計上額となります。
 仮に、③工事収益総額が①見積工事原価総額に満たない場合(上記の例では③<①となる場合;本事例では少なからず存在する)には、当該工事によって将来損失が見込まれることになりますから、工事損失引当金(受注損失引当金)を計上する必要があります。

2.東芝の粉飾手法
 上記1.で示したとおり、工事進行基準では「見積工事原価総額」が重要な計算要素となりますが、東芝のケースでは、当初から見積工事原価を過小に見積る場合や、例えば、資材価格の高騰や人件費の増加、円安の進行といった見積工事原価総額を適時に見直さなければならない状況にあったにもかかわらず、これを意図的に見直さないことで、利益操作を行っていました。
 主要な利益操作の方法としては下記があります。
(1)売上の過大計上
 見積工事原価総額を過小に見積ることで、実際発生原価の工事原価総額に占める割合が高くなる結果、工事進捗度が嵩上げされ、収益計上額が前倒しとなります。
(2)工事損失引当金(受注損失引当金)の過小計上
 見積工事原価総額は、当初から信頼性をもって見積もることが必要ですが、その後の実際発生原価に照らして適時に見直すことも必要であり、その結果、見積工事原価総額>工事収益総額となった場合には、工事損失計上する必要があります。東芝の事例では、意図的に見積工事原価を低く見積もったり、これを適時に見直さないことで損失計上を先送りしていました。

3.監査法人の監査上の対応
 第三者委員会の報告書では、問題となった処理の多くは会社内部における会計処理の意図的な操作であって、監査法人が気付きにくい方法が用いられ、かつ監査法人からの質問や資料要請に対して、東芝の社員は事実を隠蔽したり、事実と異なるストーリーを組み立てた資料を提示して説明していたようです。特に、工事進行基準による会計処理は、個々の工事内容に精通した担当者による社内データに基づく見積りが会計処理の基礎となっており、外部の監査人がその見積りの合理性を独自に評価することは極めて困難である、と指摘しています。
 なるほど、会社組織による事実隠蔽や事実と異なるストーリーの組み立てに対して、外部者である監査人がそれを覆す強力な証拠を入手することは極めて困難でしょう。
 しかし、第三者委員会の報告書を読んでいくと、監査の過程において、見積工事原価総額の見直しについて東芝と監査法人との意見が対立する場面があったことも見受けられます。それは特定の工事案件について、設計変更及び工事遅延等によって見積工事原価総額の増加が見込まれるものの、東芝は具体的な根拠がない見積額を採用している、と監査法人が指摘している事実があるのです。そのため、監査法人は損益影響額107百万ドル(便宜的に1ドル100円とすると、円換算額107億円)の虚偽表示が存在することを把握していたのです。
 財務諸表監査では、こうした虚偽表示は「未修正の虚偽表示」として、その重要性が判定されます。(重要性の判定に際しては、例えば「税引前利益の5%を乗じた額」に照らすことがあります。)その結果、仮に重要でないと判断されれば、特に修正されなくても、監査意見としては「無限定適正意見」が表明されることになるのです。
 しかし、こうした虚偽表示が見つかった場合には、他に同様の虚偽表示がないかどうかについて慎重な検討が必要であることは言うまでもありません。個人的には監査の詳細なプロセスを知る由もないので、何ら無責任のことは言えませんが、仮に東芝の作成した数値を検討していく過程で「何か変だな」「どうも腑に落ちない」というような「納得感の得られない状況」を目の当たりにしながら、会社側の説明を無批判に受け入れていたのであれば、やはり「職業的懐疑心の欠如」と指摘されても致し方ないのかもしれません。
 今後、監査法人の変更が検討されているようですが、これだけの規模の会社を監査できる組織は、現在の監査法人以外、二つしかないでしょう。今後は、同様の粉飾事件が明らかにならないよう祈るばかりです。Taku