2009年4月 広島ガス(循環取引)

1.はじめに

 本事件を理解するには、まず「循環取引とは何か」について、「通常の商流取引とはどのように異なるか」を理解する必要があります。

 同報告書では、それぞれ以下のように定義しています。

商流取引

起点の商品販売者と終点の商品購入者との間に介在し,一定期間商品を在庫として保有して一種の与信を行う対価として通常数%のマージンを取得する取引

循環取引

架空の売上・利益を計上する目的で,関係する会社間において商品の実体を伴わない架空仕入及び架空販売を繰り返し,関係する会社間で取引の循環が行われる取引

2 商流取引と循環取引との相違

商流取引は,A社→B社→C社→D社というように、メーカーから卸売、小売、エンドユーザーに商品が流れるようなイメージで、途中に介在した業者はマージンを得ることになります。この商取引に参加するB社やC社は在庫リスクや信用リスクを負って商取引を行うことになります。

一方、循環取引は,あたかも商流取引であるかのように装って,帳簿上だけで仕入及び売上計上することを目的としています。循環取引のポイントは、商流取引のような起点と終点の業者がいない点です。

A社→B社→C社→D社→A社・・・というように、一定の利益を付加しながら各社に売上・仕入が計上されることで、売上と利益とが嵩上げされることが循環取引の目的なのです。

極端なケースでは取引の対象となる商品がなくとも循環取引を行う場合もありますし、各社の担当者の合意の下で金額が異常に高額になる場合もあります。

循環取引は、循環が継続する限り破綻はしませんが,一度止まってしまうと巨額の損害が発生することになります。循環された商品を最後に掴んだ者が、その巨額にふくれあがった代金を支払うことになるわけです。

3 広島ガスの子会社HGKの場合

 同社の本業は内装事業(建装課)ですが、工事を伴わない「兼業」として建材販売取引を開始しました。建材販売に関して、中間業者がペーパーマージンを稼ぐ目的で取引の仲介に入ることはよくあることです。同社では販売先が知名度の高い優良会社であったことに加えて、売上と利益が増加することから、この取引に加わることとしたようです。

しかし、取引担当者は当初、この兼業として開始された取引が、商流取引なのか、循環取引なのかが判別しなかったようです。先ほどの例で言えば、商流取引と循環取引との相違は、形式的には起点と終点がないことのみですから、A社→B社→C社→D社といった健在の流れであれば商流取引ですし、この最後に「D社→A社」という取引を加えれば循環取引となります。B社の立場からすれば、A社から仕入れてC社に販売する訳ですから、その後、C社がD社に販売したのか、D社がA社に販売したのか、については知る術は通常ありません。

4 循環取引としての兆候

 しかし、先述したとおり循環取引は永遠に続けることはできませんし、破綻が近づいていけばそれなりの兆候がでてくるものです。

例えば、取引金額が次第に多額になっていき、それに呼応するように予定していた入金の遅延や、販売先の変更といった事態が生じます。取引参加者の資金繰りが悪化し、当該取引から撤退する会社が現れるのです。

 本件でも、平成11年から平成15年まで循環取引を仕切っていた人物が取引から外れたことをきっかけとして、HGKの担当者が仕切役になりました。そのため、少なくともこの時点で、HGKの担当者は取引の全貌を理解して、今までの取引が循環取引であることを確信したはずです。

 取引開始当初の平成11年に、わずか2億円程度だったこの取引は、平成15年には48億円となっています。HGK担当者は、循環取引であると知りながら、取引停止の影響の大きさを恐れ「もはや止めるわけには行かない」と考えました。

不正の恐ろしさはここにあります。

「いつかは、ばれる」と確実に分かっていたいとしても、それを隠し通そうとする意識が問題なのです。問題を先送りにしようとする姿勢が被害を大きくさせるのです。

HGK社における最終的な影響取引累計額は、売上高で444億円にも上りました。

その後、HGKは平成21330日に民事再生手続開始を申し立て、事実上倒産しました。