期待ギャップ 監査人の実際の役割と監査人に期待される役割

 週間経営財務を読んでいたところ、企業会計審議会の監査部会での議論が紹介されていました。
 キーワードが「期待ギャップ」。
 「期待ギャップ」は、監査人が「実際」に果たす役割と監査人に対して「期待」される役割との差異を意味し、端的には監査人に対する「期待外れ」を意味しますから、解消していかなければいけません、という話です。

<期待ギャップの解消方法>
 期待ギャップ解消策として、まず思いつくのが社会からの期待に沿うように監査人の役割を拡大することです。しかし、この方策だけで期待ギャップを解消することはできません。なぜなら、社会からの期待には不合理な役割期待、現実的でない役割期待も含まれているからです。
 例えば「監査人は違法行為の発見を主目的とすべきである」との期待があるとします。
 この期待に応えるために監査人の役割を拡大しようとすれば、例えば監査人は、従業員が行う少額の使い込みから、酒気帯び運転等の道路交通法違反、非常階段を塞ぐ消防法違反、食品製造工程での毒物混入を防ぐ食品衛生法違反等の発見のための手続を行う必要があります。会社は様々な法規制の下で活動していますから、「違法行為」全般の発見を監査人求めることは、不合理ですし、現実的ではないのです。
 監査が会計と密接な関係にある以上、粉飾決算や資産の流用等、財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす違法行為については監査人が積極的に関与している必要があることは既に監査基準上明記されているところでもあり、これ以上の責任を監査人に課すわけにも行かないと考えることもできるわけです。
 期待ギャップ解消方法には、監査人の役割を拡大することの他に、上記のような不合理ないしは現実的でない期待を抑えるために、監査本来の役割を敷衍することも重要なのです。そもそもの財務諸表監査の目的や監査の限界を社会一般に啓蒙することにより、過剰な期待を抑制することも期待ギャップ解消策なのです。

 

<期待ギャップの議論の前提>
 期待ギャップを議論する際に注意したいのは、「実際の監査人の役割<監査人に期待される役割」という前提をおいている場合があることです。
 なるほど「監査人は社会からの期待に応えなければならない」という伝統的な発想に基づくと、どうしても「まだまだ役割期待に応えていない」「期待に応えるべくどのように役割を拡大するか」という議論に集中しやすいのです。
 しかし現実的には、必ずしも上記の不等式が成立しているとは限りません。
 果たして「実際の監査人の役割>監査人に期待される役割」という状況を想定した場合、どうでしょうか。
 実際の監査人の役割の方が、監査人に期待されている役割よりも大きい場合です。
 少なくとも、監査人と直接やり取りをしている会社の経理担当者の人々の中には、こうした考えをもたれている方もいるかも知れませんし、社会一般の利用者の中にも「監査なんて意味無いじゃん」と考えている方もいるかも知れません。
 こうした不等式に基づいた期待ギャップが存在している場合には、下記の意見が問題になります。
「監査人はそこまで役割を担わなくて良い。」
「余計なことはするな。」
「さらに実際の役割を拡大する必要などない。」

 こうした期待ギャップの方が、実は深刻な問題なのです。

 詰まるところ、期待ギャップを議論する際には、「監査人の実際の役割をどうするか」だけでなく「期待される監査人の役割をどうするか」について議論することも重要なのです。
 そのためには「今の監査制度は不十分なんだ」という発想よりも、「今の監査制度は有効に機能している面もあり、それをどのように社会に伝えるのか」という発想も重要と思われます。

 役割拡大策のみに議論を集中すると、監査人の役割を不用意に拡大する結果をもたらすか、又は「監査制度は無くても良い」という監査不要論につながりかねない危険を孕んでいると思います。
Taku