2013年8月 秋田書店の読者プレゼント水増し問題に思う

 この事件の記事を読んで、古典落語の「井戸の茶碗」。古今亭志ん朝の語り口を思い浮かべました。
「くず屋の清兵衛さんは曲がったことが大嫌い。人呼んで『正直清兵衛』。曲がったものは見るのも嫌い。だから『キセルの雁首』や『牛の角』なんてのも嫌いなんです。」
 当事者の秋田書店や不正の告発をした担当者のコメントを聞いて、正直に生きることが、そんなにも難しいことなのか、考えてしまいました。
 本来、不正事例研究会で取り上げる類いの不正ではありませんが、本不正を告発した担当者に敬意を表して、取り上げることとしました。以下、報道されている事件の概要と、やや告発担当者よりに立った個人的なコメントです。

 

 出版社の秋田書店(東京都千代田区)の雑誌読者プレゼント業務を担当する者が、読者プレゼントを水増ししていたことを消費者庁に告発しました。同庁は秋田書店に、景品表示法違反(有利誤認)に基づく措置命令を出しました。
 例えば、「ニンテンドー DS Lite2名が当たる!」としていながら、実際に誰にも送付しないわけです。その結果、公表される当選者は架空の人物名を掲載することになるでしょう。
 担当者は水増しを止めるよう上司に訴えたものの、改善されなったとの報道もあります。
 担当者は、嘘をつくことに抵抗を感じたのか、体調を崩して休職に至ります。その後、秋田書店は同担当者を「読者プレゼント用の景品を盗んだ」として解雇します。
 これに対して、担当者は「盗んでいない」としており、両者の見解は、完全に対立しています。
 いずれが正しいかは、外部の第三者からは、なかなか判断できないでしょう。
 しかし、立場的には秋田書店の方が不利な状況にあると思います。
 なぜなら、上記の報道からは、「どちらかが誤ったことを言っている」ことは確かであり、また不正を告発した担当者は、「嘘を暴いた正直者」として評価されており、その結果、「正直者が盗みをするわけがない」「きっと『盗んだ』という罪を着せられているのだ」と世間一般が感じ取ってしまっている可能性が高いからです(秋田書店からすれば、不本意なのでしょうが)。

 

 考えてみれば、読者プレゼントに限らず、テレビやラジオなどの視聴者プレゼント等で良く耳にする「発表は発送をもってかえさせていただきます」という言い回しについて、多くの視聴者・読者は、「本当にプレゼントを贈っているのかしら?」と半信半疑で受け止めているとも考えられます。
 もちろん、多くの企画でプレゼントを実際に発送しているとは思いますが、中には秋田書店のように、不誠実極まりない出版社があることは、ある程度の想像がつくはずなのです。
 本事件の発端は、この担当者が、ある程度の想像がつく「嘘」を受容できないほどに、正直だったことに起因します。嘘が嫌いで嫌いで、体調を崩すほどだったのでしょう。それこそ冒頭の『正直清兵衛』に通ずるほどの正直者なのです。

 

 一方の秋田書店のホームページでは、以下のように景品類の提供の水増しを行っていたことを認めています。
「紙面上に記載された当選者数を下回る数の景品類の提供を行っていた」
 なるほど。水増しは認めています。しかし、私がもう一つ気になるのは「発表した当選者は架空だったのか?これを偽装して発表していたのか?」ということです。
 あくまで例ですが、「50名に当たる」としていながら「実際は3名にした発送しなかったことと」と、「実際は3名にしか発送していないのに、50名に発送したかのように偽装すること(架空の氏名を当選者として公表すること)」とは、その悪質さは別問題として議論されるべきでしょう。
 また、同ホームページでは、「役員以下社員一丸となって再発防止に向けて取り組んで参ります」とあります。果たして「嘘をつかない」という単純なことが、「全社一丸となって」取り組まなければならないほどの問題なのかどうか?定かでありません(揚げ足をとっているように見えるかもしれませんが、世間の注目を浴びている事件です。私のような見る人が限られたHPならいざ知らず、本公表文書は多数の人間が見ることを想定すれば、極力誤解のないように、また揚げ足をとられないように十分な校正が必要でしょう)。
 加えて、同社は「解雇の理由は、元社員が商品をほしいままに不法に窃取したことによる」としてますが、このあたりの表現も冷静さを失っているように見えてなりません。
 実際に担当者が商品を窃取している事実が確認できているならば、単に「元社員が商品を窃取した」という表現で、十分に文意は通じるはずです。これを「ほしいままに不法に窃取した」として言葉に怒気を滲ませることで、「悪いのはコイツなんだ!」と感情が先行しているように見受けられるのです。

 

 ゲスの勘ぐりになってしまうならば不本意ですが、上記の公表資料からは、秋田書店の「黙っていれば済むものを!」、「社員の足並みを乱した者は許すまじ!」「秋田書店の顔に泥を塗った担当者よ。覚悟せよ!」といった怒りを感じざるを得ないのです。
 同社は「法廷の場で事実関係を明らかにし、解雇の正当性を証明する所存です」としています。なるほど、世間一般的には、秋田書店は不利な立場にあるかもしれませんが、今後の法廷の場で、どのような事実関係が明らかになっていくのか、注目したいと思います。
 ちなみに、私も幼少の頃、「週間少年チャンピオン」はよく読んでいました。
 確か私の周りには、ジャンプやマガジンを読む友達の方が多かったですが、私は頑なに「チャンピオン」を読んでいました。その出版社だったのですねぇ。

 

 ところで、冒頭の古典落語「井戸の茶碗」の顛末です。
 正直者の清兵衛さんは、あまりにも正直すぎて、すったもんだするのですが、結局は大金を手にして関係者全員が幸せになるハッピーエンドです。この古典落語は「正直であること」を重んずる「道徳」を説いています。私も「正直者」には敬意を表しますし、幼い頃に教えてもらった「嘘つきは泥棒の始まり」という格言を未だに信じています。
 決して「正直者が馬鹿を見る」ような世の中にはなって欲しくありません。

 

 最後に秋田書店の創立者である故秋田貞夫氏のコメントが、同社のHPに掲載されていました。
 戦後間もない世情騒然とした昭和23年に「日本の子どもたちに『正義の精神』と夢の世界を取り戻し、希望を与えよう」と出版を志して、月刊誌『冒険王』を創刊して以来、少年・少女漫画誌を中心に創立の志を忘れず、出版社の使命と責任を果たすべく、努力しております。

 「正義の精神」・・・正義って何かね。Taku