2015年12月 曙ブレーキの押込販売

 

 東証一部上場の曙ブレーキ工業株式会社は、201512月、「調査委員会の報告書受領及び不適切会計処理に関する再発防止策のお知らせ」を公表しました。
 本不正事例で問題となったのは「押込販売」です。
 一般に「押込販売」は、販売先が望んでいないものを「販売したことにする」手法の総称です。仮に「買戻条件」等が付されている場合には、実際には販売したことにはならず、架空計上に該当する場合も考えられます。
しかし本件の押込販売は、売上高の架空計上と異なり、本来翌期以降に計上するべき売上高を前倒し計上していたことを意味しています。
 通常の売上計上基準としての実現主義では、「財貨移転の完了」と「対価の成立」の2つの要件が必要とされます。つまり、製品を出荷して相手に引き渡し、かつその代金を請求する権利が確定したタイミングで、売上高を計上する方法が一般に採用されているのです。
 この点、本件の押込販売は、相手の適正在庫量を大幅に超える量の商品を出荷して、代理店に収容しきれない商品を外部倉庫等に収納して、「財貨移転の完了」を仮装していました。まさに相手が望んでいないものを出荷したことにして、販売したことにしたわけです。
 同調査報告では、本件の原因分析を種々行っていますが、私が注目したのは以下の3点です。
 1.押込販売を容認する風潮
 社内で「押込販売」という不適切な言葉を一般的な用語として用いていたようです。本来、不適切な行為を意味する用語を罪の意識無く使用すれば、「悪いことをしている」という意識が希薄化して、自らを正当化する要因にもなるのでしょう。
 2.目標達成圧力
 上記1.に加えて上層部からの目標達成が過剰に強調されれば、「押込販売しかない」という動機やプレッシャーが生まれ、不適切な会計処理を惹起する可能性が増大するのでしょう。
 3.取引相手との特別な関係
 本件の押込販売に応じた代理店は、インセンティブ加算などの実利があることに加え、持分法適用関連会社である等の資本関係・人的交流関係があったことが指摘されています。
 こうした特別な関係は、「困ったらあの会社に押込販売をお願いしよう」という甘えの生じる要因となりますし、不正を行う機会をもたらします。同調査報告書もこの点を重視して、特別な関係のある会社については、より一層コンプライアンス意識を保持することを強調しています。
 なお、本不正事例は、業績に与える影響も軽微と判断され、会社は過年度の決算訂正も行っていません。なるほど金額的な影響も大きくないことから、その判断は適切であったと考えられますし、むしろ大きな不正事例に発展する前に、早期に問題が発覚した事例として評価されるべきケースとも考えられます。
 最期に、本不正事例は、監査法人の指摘が発端で発覚したとのことです。
 監査法人が不正を看過すると大きなニュースになることがありますが、監査法人の指摘によって不正が発覚したとしても、あまりニュースにならないのが実状です。やや不謹慎な例えかもしれませんが、「犬が人を噛んでもニュースにはならない。人が犬を噛むとニュースになる。」と言われる所以でしょうか。Taku