1995年9月 日本コッパース事件控訴審判決

 「日本コッパース事件」は、監査論の教科書に取り上げられるほどの有名な事件です。

 最近では監査法人を相手取って訴訟が起こされるケースは比較的多くなりましたが、当時(訴訟の対象となった監査意見が表明されたのは昭和52年~昭和53年です)は公認会計士や監査法人を相手取った訴訟事件は希でしたから、かなり注目された事件なのです。

 

 同社は外資系の日本国内の会社であり、法定監査が求められる規模ではなかったのですが、監査法人による財務諸表監査を「任意に」受けていました。

 任意監査であっても「一般に公正妥当と認められた監査基準」に準拠して監査を行うことが求められていますから、監査人の責任の有無を判断する上で「任意監査であるから」という理屈は通じないはずです。

 

 本不正事例の中心人物は、同社の経理部長です。

 不正実行者である経理部長は、会社に無断で定期預金を担保に入れ、借入を行っていました。しかもその発覚を恐れて、入念が隠蔽工作を行っていたとされます。

 財務諸表監査では一般に、会社と銀行間取引を検証するため、特に預金の実在性等を検討するために、銀行に対する残高確認や通帳・証書の実査を行います。しかし本事例では、監査法人はこうした監査手続を行わなかったとされます。

 この点、コッパース社は「監査法人が通常の監査手続を行っていれば経理部長による不正は発覚できたはずである」として、監査法人を相手取って提訴します(もちろん、会社側の管理上の問題もありますから、当該不正による損失のすべてを監査法人側の責任とするのは不合理でしょう)。争点となるのは、財務諸表監査の目的である「財務諸表の適正性意見表明」と「会社が本来行うべき不正の防止発見」との関連性であり、また「監査人が正当な注意を払って、通常行うべき監査手続を行ったかどうか」ということです。

 

 果たして、平成33月に東京地方裁判所で1審判決が出ます。

 1審判決では、会社側の主張が認められ、監査法人の注意義務違反が肯定されます(ただし、会社側の管理上の問題も踏まえて、過失相殺8割とされました)。

 この事件が注目されるのは、この1審判決が平成79月の控訴審判決(東京高等裁判所)で逆転されることです。

 控訴審判決では、「不正発見目的の特約のない通常の財務諸表監査において・・・不正を発見できないまま無限定適正意見を表明したとしても、責任を負うことはない」とし、また、「被監査会社は、従業員の不正防止の機能を公認会計士に依存することはできない」として、監査法人の責任を認めませんでした。

 

上記判決をどのように考えるでしょうか?

 個人的には、時代を考えたとしても、「金融機関への残高確認」「通帳・証書の実査」は当然に行うべき手続であって、こうした手続によって本不正は発覚した可能性は高いと考えます。なるほど、これらの手続が財務諸表の適正性を明らかにするための手続としても、結果的に役職者の不正が発覚することもあるわけですから、こうした基本的かつ重要な手続を省略したことについて「責任なし」とすることは無理があるような気がしてなりません。

 加えて補足したいことは、上記の控訴審判決の考え方は、少なくとも現代では通用しない、ということです。すなわち、現代の監査で上記手続の省略は明らかに「監査手続不十分」とされる可能性が高いと思われます。

 確かに当時も現代も、財務諸表監査の目的に変化はありませんし、不正の発見そのものが監査の目的とされているわけではありません。しかしながら、当時と異なり現代では、不正に対処するための監査基準(不正リスク対応基準や監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」等)が整備されています。

 監査人の責任を認められるかどうかは、その時代、場所における監査基準に照らして判断されることは基本としても、日本コッパース事件が当時の公認会計士業界に与えた影響は「様々な意味で」大きかったのだろうと、改めて考えました。Taku